すべての人のためのアクセシブルな電子書籍とは
基調講演者
石川 准(静岡県立大学 国際関係学部教授)
講演内容
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こんにちは。
ご紹介ありがとうございます。
私からは「情報アクセシビリティに関わる法制度の現状と課題」というテーマで、30分ほど話します。
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障害者権利条約という、国連の人権条約があり、その第9条で、条約の批准国・締約国に対し、効果的なアクセシビリティ施策をとるよう義務づけられています。
そこでのアクセシビリティは、障害者がほかの人と同じように建物、部屋、あるいは、トイレなどの物理的な施設設備、さらには交通機関、そして情報通信機器、情報通信サービスを利用できることという意味で用いられています。
また、情報アクセシビリティといった場合、その中の、情報通信機器及び情報通信サービスに障害のある人が、障害のない人と同様に利用できるようになること、という意味で使われます。
したがって、情報アクセシビリティとは、デジタル・ディバイドの解消ではない。 また、Webサイトの音声読み上げ対応のことだけを言うのでもありません。
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国連は半世紀をかけて、9つの主要人権条約を作ってきました。
その中でも障害者権利条約は、最も新しい人権条約の1つです。
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障害者権利条約は、障害者の人権に関する初めての国際条約にあたります。
しかもほかの人権条約に比べて、だいぶ遅れたという条約でもあります。
ですが、遅れたことによって、今日的な新しい考え方を導入することができたと言えることもできます。
新しい考え方は、社会モデルという考え方です。
社会モデルについて少し話します。
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障害はどこにあるかという問いを、皆さんに考えていただきます。
階段と足のイラストを、パワーポイントで示しています。
車いすの人が階段の前で立ち往生しているイメージです。
さて、この場合、障害はどこにあるでしょう。
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2つの答えが可能です。
まず、医学モデルの答え、それは足に決まっているというものです。
一方、社会モデルの答えは、そうではなくて、むしろ階段のほうだと主張します。
階段が障壁であり、それが障害となっているということです。
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次の場合はどうでしょうか。
目が見えない人と本の組合せ。
それから、耳が聞こえない人と電話の組合せ。
障害はどこにあるでしょうか。
医学モデルの答えは目と耳。
社会モデルは紙の本と電話になります。
障害者の権利条約は、社会モデルの考え方に立って作られています。
これが今日的な新しい考えだと申し上げている所以です。
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医学モデルと社会モデルの考えの違いは、次のようにさらに述べることも可能です。
医学モデルでいう健常者は、配慮の要らない人。
障害者は配慮を必要としてる人、配慮の要る人。
社会モデル的な考え方だと、健常者は既に配慮されている人、必要な環境が提供されている人。
障害者は、いまだ必要な環境が提供されていない、配慮されてない人、そのように考えられます。
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したがって、社会モデルの考え方に立てば、社会的障壁の解消が社会の責務です。
つまり、障害者の人権を守るためには、社会は障害者が直面している社会的障壁を取り除くように努めねばならない、という考え方に帰着すると言えます。
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情報アクセシビリティの代表的テーマを次に示します。
まず、WebサイトとWebアプリケーション、次がPCアプリとモバイルアプリ、次に電子書籍、電子教科書、電子文書、4つめがテレビ、映画。まだ、他にもたくさんありますが、代表的なものとして示しました。
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WebサイトとWebアプリに関する日本の法制度を見てみます。
日本では、このアクセシビリティを進めるための法制度は未整備な状態です。
ただし、指針は部分的にあります。
「みんなの公共サイト運用ガイドライン」という2016年に改訂された指針があり、地方自治体のWebサイトのアクセシビリティ対応に関する総務省の指針として、地方公共団体はこの指針を受け止め、それぞれ自治体のホームページ、Webサイトのアクセシビリティ対応を段階的に進めています。
また、中央省庁のWebサイトのアクセシビリティについては、各省庁がWebアクセシビリティ方針を示して取り組むことになっている。
これについては障害者基本計画で各中央省庁は取り組むことになっています。
民間のWebサイトのアクセシビリティを進める法制度は、指針も含めて、ないという現状です。
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次は、アメリカの場合はどうか。
障害を持つアメリカ人法、ADAという法律があり、リハビリテーション法508条があり、航空アクセス法という、航空会社のWebサイトのアクセシビリティに関わるものがあります。
アメリカの法律に基づいて、Webのアクセシビリティに関する訴訟もいくつかあります。
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有名なものとして、Netflixやウォルト・ディズニーに対して訴訟が起こされています。その結果として、各社がWebサイトのアクセシビリティ向上に努力しています。
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次に、PCアプリとモバイルアプリのアクセシビリティについて、これを進める法制度が日本にあるか。
これも日本ではありません。
PCアプリ、モバイルアプリとは、どういうものかというと、オフィスアプリとかWebブラウザ、今日使ってる会議アプリ、コラボレーションアプリ、グループウェア、業務システムなど。
モバイルアプリとしては、例えば電子マネー決済、ネットバンキング、チケット購入、タクシー配車、ショッピングアプリなど、いろいろあります。
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アメリカの法制度は、障害を持つアメリカ人法やリハビリテーション法508条、21世紀の通信と映像アクセシビリティ法などがあります。
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アメリカの訴訟事例ですが、マクドナルドの事例がよく知られています。
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次に、電子書籍、電子教科書、電子文書で、日本ではそのアクセシビリティを進めるための法制度の課題があるか。
マラケシュ条約を日本は批准しているし、教科書バリアフリー法や、読書バリアフリー法が、最近成立しています。
教科書バリアフリー法に基づいて、マルチメディアDAISY教科書がディスクレシアの児童、生徒に提供されている。
読書バリアフリー法は、国はアクセシブルな電子書籍の販売が促進されるように
技術の進歩を適切に反映した規格の普及の促進等を施策するものとすると規定しています。
これから、というところだと思います。
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アメリカの法制度は、ADAのほかに、リハビリテーション法508条があり、障害のある個人のための教育法などが、電子教科書のアクセシビリティに関する法制度と言っていいと思います。
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アメリカの訴訟事例として、有名ですが、アリゾナ州立大学がKindle DXという当時のKindle端末を導入しようとしたとき、ADA違反だといって、司法の場で司法判断が求められたケースが有名です。
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テレビや映画の字幕等は、放送法および、文化芸術基本法といった法律が関わります。
NHKと民法キー局の地上波では、字幕付与可能番組には、ほぼ100%字幕が付与されています。
映画の主要作品にも、字幕が付けられていることが、かなり多くなっています。
また音声解説も、しだいに増えてきています。
一見、成果が上がっている分野だと思います。
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アメリカの場合は、ADAとか、テレビレコーダー法、電気通信法、21世紀の通信と映像アクセシビリティ法などがあります。
こちらも、テレビ番組や映画の字幕付与率が非常に高い。
日本よりもずっと高くなっています。
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次。
ざっと見てきた話を踏まえて、電子書籍について、少しお話しします。
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まず、Amazon Kindleです。
リフロー型のAmazon Kindle電子書籍は、それなりにアクセシブルであると言っていいと思います。
Kindle Fireには、Voice Viewなどのアクセシビリティ機能が組み込まれています。
モバイル環境では、ファームウェアに組み込まれたアクセシビリティ機能とKindleアプリの連携で、音声読み上げをはじめとしたアクセシビリティ機能が実装されて、提供されています。
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Amazon社が実際にやっているもので、Amazonアクセシビリティアドバイザリーカウンシルがあり、ユーザーや専門家の意見を学びつつ、アクセシビリティ機能の改善を図るPDCAサイクルを自分で回している。
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Amazon Kindleのアクセシビリティ機能にも課題があります。
3つ課題を掲載しました。
1つめは、ナビゲーション機能が弱い。
次の章、前の節に、簡単にホットキーで移動することができない。
目次から選ぶことは、一応できる。
いわゆる、構造的な読書の点への対応が弱い。
2つめに、ルビに非対応であること。
これも問題としてあります。
3つめが、固定レイアウトの書籍はアクセシブルでない。
まったくアクセシビリティ対応ができていない現状があります。
そこには述べていませんけども、これはモバイルのプラットフォーム側の問題でもあります。
iOSをはじめとして、日本語TTSの読み上げが、今日の最先端のものに比べるとだいぶ見劣りする問題があります。
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次に、障害者差別解消法について、少し話します。
平成25年に制定されました。
差別とは、不当な差別的取り扱いをすること、合理的配慮を提供しないこと、この2つが差別として、差別行為を禁止しています。
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障害者差別解消法は今年の5月に改正され、民間事業者に対しても、合理的配慮の提供を義務づける。
今までは努力義務だったものを義務化する改正が行われました。
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不当な差別的取扱いの禁止について。
この法律では、国・都道府県・市町村などの役所や、会社やお店などの事業者が、障害のある人に対して、正当な理由なく、障害を理由として差別的取り扱いをすることを禁止しています。
差別的取り扱いとは、契約、販売、入店、乗車、参加、利用などを拒む、あるいは、時間帯や場所を制限する、障害者にだけ追加条件を付すことなどを差別的取り扱いと見なしています。
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次が、不当な差別的取扱いの具体例について。
今、3つ挙げました。
障害を理由に、学校の受験や入学を拒否、拒むこと。
2つめは、仲介業者が、アパートのオーナに確認せずに紹介できる賃貸物件はないと断るケースであったりだとか
3つめ、介助者がいなければ安全に責任を持ていないとして単独では参加を断るというのが、比較的分かりやすい不当な差別的取り扱いとなります。
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次が、合理的配慮の不提供の禁止についてです。
合理的配慮とは、役所や事業者が社会的障壁を取り除くために、申し出に応じて、過重な負担とならない範囲で提供しなけいればならない必要かつ合理的な配慮のこと
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分かりにくいので、合理的配慮の具体例を3つ、示します。
1つは、ろう者の参加者の求めに応じて講演者に手話通訳を用意する。あるいは、パソコンで字幕を付けるサービスを提供する。
2つめが、視覚障害者の客の求めてに応じて、店員が店内の移動の介助等を行う
3つめは、車いす利用の障害者の求めに応じて、エレベータのない駅に社員を配置して車椅子を運ぶといったことがその例という風に考えていいと思います。
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合理的配慮の意味です。
配慮というと、気遣いや心配りという意味合いが強く感じられると思いますが、そういう意味ではありません。
合理的配慮とは、合理的調整や合理的変更と読み替えて理解していただきたいと思います。
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合理的配慮の提供は、建設的対話を通じて行うのが望ましいと、差別解消法の基本方針で、考え方を述べています。
行政・事業者と合理的配慮を求める障害者が、建設的対話によって、よい方法を一緒に考えることが重要としています。
行政機関による相談と調整の仕組みを機能させて、紛争を未然に防いだり、速やかに解決することが重要としています。
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次のスライドは飛ばして、その次です。
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Webサイトとモバイルアプリも、また店舗だという点を強調しておきます。
Webサイトとモバイルアプリも、事業者と客との間のインターフェースであり、オンラインの店舗にあたると考えられます。
したがって、差別解消法の対象となる。
アメリカでは、WebサイトもADAの対象というような司法省の解釈が1990年代後半から今日まで、たびたび示されています。
画像PDFやキャプションのない動画が情報へのアクセスの妨げとなっている場合は、障害者差別解消法に基づき、合理的配慮としてWordファイルやExcelファイル、あるいは、キャプションの付いた動画の提供を求められた場合、これを提供するのも合理的配慮というように言えると思います。
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出版社に求められる合理的配慮について。
電子書籍ではなく、紙の本の場合です。
印刷物の読みに障害のある人が、Kindle版などのアクセシブルな電子書籍として出版されていない紙版の本を購入し、出版社に電子データの提供を求めるのは合理的配慮を求めることに当たるというように考えています。
ファイル形式はいろいろありますが、より望ましいのは、構造的情報を持つ形式になります。
そして、情報アクセシビリティ法がやはり必要だと考えます。
環境整備と合理的配慮は車の両輪として重要で、これが交通や建物のアクセシビリティの分野だと、移動円滑化法、つまり新バリアフリー法、差別解消法という2つの法律が両輪となって、環境整備と合理的配慮の提供として2つの機能をそれぞれが担って、進んできていると思います。
情報アクセシビリティについては、環境整備を進めていく法、根拠法が未整備なので、差別解消法1本になります。それは差別解消法だけで考えていくというのは荷が重いと思います。
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そして最後のスライドです。
デジタル教科書はアクセシブルでなければならないと考えます。
GIGAスクール構想は、多様な子どもたちを誰一人取り残すことのなく、公正に個別最適化された創造性を育む教育を、全国の学校現場で持続的に実現させる構想とされています。
そうであるならば、電子教科書と端末の公共調達では、アクセシビリティ機能が基準に達していることを選定の要件に加えるべきと考えています。
このあとのご報告者の議論と合わせて、質疑応答の時間がありましたら、また発言させていただきます。
私からの発言は以上です。
ありがとうございました。